Touken Komachi





脇差 白鞘入り 
Wakizashi, Shirasaya
無銘(筑紫了戒)
Mumei attributed to Chikushi Ryokai
【銘文】無銘
【寸法】刃長 53.93cm(1尺7寸8分0厘)、反り 1.51cm(5分0厘)、元幅 2.68cm、元重ね 0.70cm、先幅 1.70cm、先重ね 0.43cm、目釘孔2 個、刀身重量 435g 、白鞘全長 74.5cm
【時代】室町時代

【特徴】姿は、鎬造、庵棟、身幅に比して重ねやや厚く、鎬高く、反り深めにつき、中切先詰まりごころとなる。

 茎は、磨上げ、鑢目は切り、先はごく浅い栗尻、目釘孔二。

 彫物は、表裏に腰樋を掻き流す。

 地鉄は、板目に柾交じり、肌立ちごころ、地沸つき、地景入り、白気映り立つ。

 刃文は、細直刃、匂口締まりごころ、小沸つき、小足入る。

 帽子は、直ぐに丸く返り、先掃き掛ける。

【見どころ】高麗を支配下に置いたモンゴル(後に元)の皇帝フビライは、日本との通交を意図して文永二年に国書を草し、使者が文永四年に日本に到達します。続いて数回の使者派遣のいずれにも日本は応じず、1274年忻都・洪茶丘が指揮官の蒙古漢軍一万五千、高麗軍八千を動員し進撃します(文永の役)。一方国内では延暦寺と園城寺の僧徒の争いが激化し、近江・山城の僧徒の武器の需要が急増していました。一説によれば、このような時代背景の中、来国俊の子(弟子とも)了戒は文永八年、16歳で出家して僧侶となり、17歳で綾小路定利の弟子となり刀鍛冶になったと伝えられています(『新刀古刀大鑑』川口陟 歴史図書社 S47)。
了戒は、後に了戒何某と名乗る刀工の一派を形成していき、九州に移住したものも多く、こうした刀工の作を筑紫了戒と呼んでいます。宮本武蔵もその切れ味を好んで了戒を愛刀としました。本作は、磨上げながら深めに反りのついた細身の姿で、肌の色合いにところどころ濃淡変化があり、匂口の締まった細直刃が凛とした表情を湛えています。

【状態】研磨済み、白鞘・はばき新調済みで、状態は良好です。
【付属品】素銅地金着二重ハバキ、白鞘、白鞘袋、登録証(石川県 第六三一号 昭和二六年三月十日交付)


【商品番号】A020818【価格】350,000円(消費税込・国内送料込み)


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