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園教育の特色!

子供の世界
 logo 養老孟司氏講演会の感想文②

 2022年9月6日(火)に幼稚園主催で行われました養老孟司氏講演会に参加されたご家族より感想が、在園、卒園の保護者の方々から多数届いています。第二弾として掲載させていただきます。

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育て

 養老孟司先生の講演会に伺わせていただきました。
 人工的な社会の一部である事に歯痒さを感じつつ、“自然”である子どもが自分で柔軟に生き抜く力を育てるためにできることは何か、とても考えさせられました。
 正解はありませんが、「理屈よりも身体を動かせ」というメッセージを受け取らせていただいて、日々娘と向き合いながら、(先生の言葉をお借りするなら)不必要に土を掘り起こすようなことはしないよう注意し、できるだけ自然と触れ合いながら、決して当たり前ではない日常を大切にしたいという思いを強くしました。
 ・・・とはいえ、不耕作のお話は、実際に子どもを目の前にすると、つい喜ばせたい、与えてあげたい、となってしまう部分もあり、難しいとも感じ、だからこそ聞けて良かったとも思いました。
 わかっているようで、忘れがちなことや、繰り返し口にされていた「わかったような気になることのほうがオカシイ」という言葉は全てのことに当てはまるのだろう、とはっとさせられました。
 まだ手元にはありませんが、絵本もぜひ読ませていただこうと思います。
 今、娘は自然の中の昆虫も、人工的な乗り物も、両方を好きですが、素直な“好き”の種もまっすぐに育ってほしいと思いました。大変濃い時間をありがとうございました。 【たまご母】
 養老先生の講演会に参加しました。とても貴重な時間を過ごさせていただき、ありがとうございました。
 先生の話の中にあった“子どもは自然に近い存在で大人になるにつれて人工的な方に寄っていく”というのを聞いて、自分が子どものころの社会の環境と今の社会の環境を比べると、人工的な方に寄っているし、自分自身も大人になって考え方など、人工的な方に寄っていることに気づかされました。
 昔は自分自身、もっと生活や遊びの中で自然に触れていたはずなのに、今は何かと理由をつけて減ってしまっていると感じたので、これからはもっと自然と触れ合う時間や環境を生活の中に増やしていきたいと改めて思いました。
 主人と子育てについての話をしている中で、以前より主人は息子みたいなタイプは田舎で生活するほうがのびのび過ごせると思うと話していました。
 今回、先生の講演を夫婦で聞きましたが、田舎やもっと自然の多いところでの生活は理想だよね、と改めて思ったようです。さすがに今すぐ!というわけにはいかないので、家の生活の中だけではなく、園での活動を通してや、祖父母の力も借りて自然と触れ合う体験や生活を、親子共々楽しんでいきたいと思いました。 【ひばり母】
 期待していた以上に、聞けてよかったです。養老先生というと失礼ですが、もっとアグレッシブに強い言い回しなイメージが勝手にありましたが、たくさんの知識の中から、今伝えるのに必要な最小限の一番適した言葉だけを紡ぎ出されている感じがして、聴き取り手としてもその言葉が何を意味するのかを読み取るために必死に頭を使う作業をしたように感じました。家に帰っても、気づけば思い出して、また納得するような話や小さい頃に感じて忘れていた感覚がよみがえるようなところもありました。
 帰ってからも、YouTubeなどで養老先生のお話を拝聴したり、本を探したり、柚木の他のママとも聞いたことについて同じ概念を持てたので、「養老先生もこう言っていたもんね」と会話に出てくるようになり、その後の日常が少し変わるきっかけとなった一日でもありました。
 子どもという存在が『自然』と『人工(意識)』のより自然に近いもので、そこから意識化されていくという発想は目からウロコでしたが、後から何度も思い出しては納得するものでした。念頭に入れておくと、小さい大人ではなく、より我々より自然に近い生き物として感じられるので、無秩序さも、不可解さも、大事にしたくなる部分のように思えるなぁと毎日思えています。
 一時間に多くの養老先生の思想が散りばめられていたので、思ったことすべてを書くことは難しいですが、おかげさまで日々物事を自分の頭で原点に戻って考えようと思えましたし、子どもにもそうできるかかわりをしようと思いました。ありがとうございました。
 ただ、一つ、ジャガイモの話は“過干渉はよくない、子どもにも自分で成長できる力はしっかりある”ということをおっしゃりたいと思いましたが、彼女彼の可能性を信じつつ、日々会話をし、時には干渉したり感情を剥き出しにしたりして、お互い影響し合うものかなとも。それができるのが親子なのかな、とも思う日々です。喜びや悲しみをお互い感じつつ、育ちあうのが人間かな、とも思っています。
 虫が大好きと幸せそうな先生を見て、心底惚れ込むものがあれば人は幸せでいれるんだなぁ、と体現されているようでした。ご病気を経て80になられてたくさんの想いが養老先生の中にある今だからこそ、話される方は大変だったに違いありませんが、お話を聞けてよかったと思っています。この機会を設けていただいた幼稚園には深く感謝いたします。
 私の口から話すより、やはりインパクトや伝え方が違うので、当日の様子の配信があればたくさんの人が喜ぶように思います。(仕事を休めなかった旦那にも聞かせたいです)よろしくお願いします。 【つばめ母】

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育て

 養老先生の講演会を開催していただき、ありがとうございました。先生はゆったりとした語り口調でしたが、ぐっと胸に響く言葉がたくさんありました。本来の子どもの姿を、あらためて考えるよい機会となりました。
 子どもは自然と同じ、ほっといても立派に育つ。私も含め、現代の親は、ついつい「こうあってほしい」という思いから、あれこれ言ったり、指示したり、手をかけすぎたりしています。でも、生きる力を育てるには、子どもの力を信じて見守り、子ども自身が考えることが大事なんだと気づかされました。
 長男の学校の行き渋りも、先生のお話を聴いて納得。じっと座って何時間も聞いている授業は虐待だという言葉に、なんだか胸がしめつけられました。学校も今のような授業では、不登校の子ども達は減らないと思いました。今すぐに、この日本の教育スタイルを変えるのは難しいかもしれませんが、子どもが子どもらしく学べる環境に向け、私たち親や先生が子ども本来の姿を理解していることが、まず第一歩になるのではないかと思います。
 講演会後、子どもたちも養老先生に合わせていただき、ありがとうございました。息子は、幼稚園で養老先生の絵本を読んでもらい、先生が虫博士だと知り、会うのをとても楽しみにしていました。前日から、初めて見つけたミズカマキリを先生に見せるんだ!と決めていて、実際に先生に見てもらい、タマムシについても質問ができ、満足して帰ってきました。子ども達にも貴重な機会を作っていただき、ありがとうございました。
 虫好きな子どもたちも、先生に会わせてあげたいという先生方の思いも、うれしかったです。そんな素敵な先生方に囲まれ、園に通えていることに感謝の気持ちでいっぱいです。毎日園に持っていく虫に、先生、友だち、ママたちも、みんな声をかけてくれて、それがまた嬉しい息子です。大好きな虫の世界に、こんなに夢中になれているのも、そんな素敵な環境のおかげだと思っています。ありがとうございます。
 講演会後の夕方、長男、次男と大栗川で生き物探しをしました。普段の私なら、暑いし早く帰って夕飯作りしたいな、と思うところですが、その日はなんだか「まだ帰らない!」と夢中になっている息子たちの姿に、これが大切な時間なんだなと、その光景を見ているだけで、幸せを感じることができました。生き物好きの我が子に私もとことん付き合って、今のこの時間を大切に、自然を通して子どもたちにはのびのびと育ってほしいと思います。
 講演会で養老先生のお話を聞き、いろいろ感じ、自身の子育てを振り返る貴重な時間となりました。ありがとうございました。 【つばめ母】
 子どもは自然に近い存在、自然そのものであって、自然とはコントロール不可なもの、大人や親の想定なんて通用しないのは当たり前のこと、でもその当たり前を枠でかためルールを決め管理しようとする、自然相手にそれをやるなら無理がでることも当たり前だなと、納得しました。
 好きなことをやること、楽しむこと/嫌なことをやめること・やらないこと、自分で考えて自分で選び自分がしたいようにすること、それは一見自由で“ワガママ”? でも「自分で決める」ということには、その後にある結果も引き受けることになるわけで、実はパワーや勇気のいることだとも思います。誰かが決めたことに従えば、起きた結果も人のせい。他人事にできてしまいます。
 自分で考え、自分で決める、これはやっぱり面倒なことであって、だけど一方でこのことが一人ひとりへやりがいや生きがいを与えてくれるのでは、と若い人が死ぬ国だという話を聞きながら考えていました。少子化も進み、圧倒的に子どもの数に対して大人が多い世の中で、子どもが自分で決めて結果まで味わう機会は果たしてどのくらいあるのでしょう。選択の機会が少ないと責任を取ることからは逃れますが、失敗をして、しかしまた立て直すといった経験をする機会も奪われ、より選択することが怖くなるのかもしれません。
 自分の周りで起きていること、テレビのこと、環境のこと、全て本当は自分自身と地続きのもの、自分事であるのだけれど、そんなふうに普段から思って生活しているかというと、私自身できていません。何かを選択する場面に限らず、楽しむこと、遊ぶこと、夢中になること、悲しむこと、怒ること・・・子どもたちが自分事として実感を持つための色々な場面をわたしたち大人は横取りしていないか?奪ってはいないか?など考えさせられました。
 むやみに土をひっくり返す(子の求めない過剰な世話、教育など)のではなく、他人と比べることや正解を情報の中に探すのではなく、我が子を観察して、必要を見極めて、あとは信じて見守る、そんな風にいられたらいいなと改めて思いました。幼稚園にいられる間、それ以降も、子が自分自身で自然へ向かっていって、自分も自然の一部であることを感じられる時間を持ちたいです。大変貴重なお話の機会をありがとうございました。 【つばめ母】
 養老先生の講演会、貴重なお話が聞け、普段とは違う視点から子育てのことを考えられる、とても有意義な時間でした。ありがとうございました。

   ・今の若い人は情報にあふれた時代に育ち、一般論を求めすぎている
   ・日本のせまい国土の中で、周りを意識するという性質がある
   ・合理的、効率的な大人の世界に、子どもを当てはめようとしすぎている

  現代の社会の中で感じる子育ての息苦しさや違和感を感じていた部分が、はっきりと言葉になり、気づくこともありました。
  「ほめる子育て」と言っては、都合の良い子(大人にとって)を育ててしまっている世の中は、本当にその場その場での適応力というのがなくなってしまっているのを感じますね。そう思って、どんな人になってほしいかな、と考える時のことを見つめ直してみても、自分自身、漠然と「自分で考えられる人になってほしい」「チャレンジを楽しめる人になってほしい」など思いながらも、周りと見比べたり、今できる・できない、という目に見えないものにとらわれていたりしたことに気がつきます。
 慎重で、恥ずかしがりで、人の目も気になる我が子。「正体不明なものをこわいと感じ、人は遠ざけている。わからないなら調べて観察すればこわくなくなるのに。」と養老先生は仰います。虫のことでも人のことでも。そのわからなくてこわいと感じる気持ちの中に、彼の言う「恥ずかしい」や「困っている」があるのかもしれない、と我が子にひきつけた時に思いました。何をするにも、初めての場所や人、物事に対して最初は固まってしまい、人より時間がかかっているけれど、じっくり観察し、大丈夫!と思えるところまでよく知ろうとしていて、納得して行動に移そうとしている。距離をとって警戒しているように見えるけれど、ただ遠ざけていたり拒否したりしてしまうのではなく、受け入れようと彼の中で何かが起きている時間なんだなと思うと、とっても素敵なその時間を大切にしてあげたい、という気持ちになれました。
 夏休みにカブトムシを飼ったり、虫取りやセミの抜け殻探しをしたり・・・男の子ならではなのかしら・・・なんて思いつつ過ごしていました。抜け殻探しでは、たくさんの情報が目に入り、いろいろ気づいてしまう私の特性が働き、次々にたくさん見つけてしまいます。1枚の桜の葉に6つもついている不思議な大人気の樹を見つけたり、楽しみました。つい先日は何十年ぶりかで素手でトンボを捕まえるという経験をしました。自然の中にいると本当にやることはシンプルで、目に見えることを共有し合えて、「ママ、トンボつかまえた!かっけー!!」と尊敬されたり。すると、不思議といつもよりスッと私の言葉が入って、切り替えをうまくしてくれたりということがあったりします。本当に私たちって、周りのことを気にしすぎて生きていて、自然の中でふと感じるような、シンプルな気持ち、湧き上がる感情を忘れてしまっていますね。そういうことを親子でもっと一緒に味わう中で伝えていけるものって、たくさんある気がする。そして自分はそうやって教えられてきたことに気づける気がする。子ども=自然って、当たり前だけど忘れがちで、本当に大切ですね。
 2038年問題。我が子が必ず直面するであろう自然災害。その時に何ができるか。ルール、指示、マニュアル・・・そういうことではない、自分で何とか生きていくための考える力を、いろいろな体験の中で共に経験していくことで伝えたいなと思いました。そして、それはもちろん一対一の親子関係だけでは無理で・・・家族と仲間と地域の一員として。助けたり助け合ったり、困っていると口に出せる姿を見せたり、今の武蔵野の中で育つ間にたくさんできることがあるな、と思っています。今改めて気づけて本当によかったです。ありがとうございました。                       【ひばり母】

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育て

 心にグサッとささるお話、ありがとうございました。 「子どもは自然」そして、お芋の話は特に印象的でした。
 子どもには、自分らしくのびのび育ってほしい!と思っているのに、ついつい、土をほじくり返したり、枝をちょん切るような余計なことをたくさんしてしまっているな・・・と反省しました。「この子のために」と思ってやっているようで、本当は全部大人の都合、自分(親)のためにやっていたのかと思うと・・・本当に余計なことばかり。ごめん、子どもたち・・・。親ができることは、元気にのびのび育つための“土作り”と、命は守りながらあたたかく機嫌よく、辛抱強く見守ること。他はほとんど余計なことかな、と思いました。今の子は辛抱できない、なんてお話もありましたが、大人がだよなぁ、と思いました。親は子に「こう育ってほしい」というのはもちろんあるし、そのためには今これをした方が良いんじゃないか、とも思ってしまうけれど、子どもは自然。思い通りになんて育たない。あれこれ子をいじくり回すのではなくて、親自身が育ってほしいと思う。お手本の姿を、生き様を見せていけたら良いなと思います。
 私自身はだいぶ人工寄りになってしまっていると思いますが、今からでも子どもたちと一緒にたくさん自然の中へ行って、失いかけている感性を取り戻していこうと思います。学校教育のこと、社会全体のこと、いろいろありますが、社会を動かすためにはまず一人ひとりの力が大切だと思うので、今回聴いたお話をしっかり自分に落とし込んで活かしていきたいと思います。
 講演会を実現してくださった園長先生、甲野さん、そして子連れでも聴きやすいよう、いろいろと配慮してくださった先生方、皆さん本当にありがとうございました。 【つばめ母】

育て

 大人だけで参加し、話を伺えるような会が久しぶりだったので、それ自体がとても楽しみでした。下の娘も空気を読んだように、ずっとひざの上で寝てくれて、ゆっくり話が聞けました。
 学校が楽しくないのは当たり前だ、子どもは自然が好きだし自分の力で・自給自足で生きる力が大切で、小学校低学年のうちは机に座っておけと言われるのも虐待に思える、やりたいことをして受け止めてもらえることが「生きるって楽しいことだと実感できることなのではないか」、という内容のお話に、生きることの本質を聞かせて頂いた気がしました。
  社会の中で自分がどう見られているのかが気になって、公共交通機関で「うるさい!」と言われて落ち込んで「どうしたら迷惑がかからないか」ということに囚われていました。
  子どもは子ども時代を子どもとして生きる保証をもっとされても良いのだ、と「社会と子ども」の間で親としてどう考え、行動するか、を今一度見直したいと思いました。
  子育てをする中で、この先も子どものことで悩むことがあると思います。人との違いや、自分が思う価値観と子どもが大きく違った時、きっと戸惑うこともあると思います。そんな時、子どもが「生きるって楽しい」と思えることは、どうすることなのかをしっかり考えて、社会の目、自分の生きてきた価値観に囚われすぎることなく、一緒に先を見つめ考えられるような親子になっていけたらと思いました。
 素晴らしい時間をありがとうございました。 【ひよこ母】
 養老先生のお話の中で、特に心に残っているのは、「子どもは子どもである」という部分でした。

 ・現代社会は“子どもを小さな大人”とみなし、人権を認めている雰囲気をだしているだけ
 ・子どものころの幸せは、大人になって塗り替えられない
 ・解決を急がず、過程を楽しみ、臨機応変な対応ができる人間に

  あげたらきりがありませんが、私自身が特に意識して生きていきたいお言葉です。
  4歳になり、できることも増えてきた今、もう赤ちゃんじゃないんだから、と厳しくしすぎていることに気づかされました。特に次女は、長女よりも物分かりがよく私の空気を一瞬で察し、気を使わせてしまっていることも多いのが現状です。欲求を全力でアピールできる長女の対応に時間を割くことも少なくない日常の中で、次女に対してもっと「子どもらしく、わがままに」生きてほしいと改めて思いました。 
  そのためには、私の意識・言動を変える必要がありますが、そのヒントも今回の養老先生の講演会、園長先生、担任の先生のお話の中に多くあり、素晴らしい方々と出会えたことに心より感謝しております。

 養老先生は「子どもが“幸せ”と感じるのは、無我夢中で取り組むことを受け入れられる環境、体験、ができた時」とおっしゃっていました。まさに今、毎日担任の先生が娘たちに与えて下さっていることだと感じ、人間の大きな土台を作る年少の時期に担任の先生と出会わせていただけたこと、大変ありがたく思っております。これからもよろしくお願いします。 【ひよこ母】

    logo 「我がままでいいんだ」

育て

 養老先生の講演会、ありがとうございました。
 じっとしていられない我が子の就学相談中で、学校でやっていけるのか、不安を抱えている中、講演会でのお話は涙が出る思いでした。ちょうど夫と、みんなと同じことをする日本の教育がおかしいのではないか?と話していたところだったので、養老先生が「教育に座らせているのは虐待ではないか」とお話されていて、とても共感しました。教室に座ってみんなと同じことをする学校という場所に、特性のある我が子がいるから疑問を持てたとも思います。
 園長先生も「学校は9歳からでいい」というお話をされていて、本当にそうなったらいいのに・・・と思いました。
 養老先生が幼稚園に来て下さるということで、帰ってきた我が子に聞いてみたら、「ようろうせんせい??」と会っていない様子で残念でしたが、今度一緒に絵本「じぶんのはなし」を読んでみたいと思います。
 「子どもは自然」というお話がありましたが、自然とのかかわりを大事に、幼稚園でいろいろな体験をさせていただいていることを本当にありがたく思います。
 「虫が見つからない時は身体に力が入っている。力を抜いて自然に溶け込むといい。」というお話を聞いて、今の私は子どもに対して今後の心配などから力が入りすぎているのではないか・・・もっと力を抜いて接することができたらいいのかな、と思いました。またお話が聞ける機会があったらうれしいです。ありがとうございました。 【つばめ母】  
 非日常的な場所で養老先生のお話が聞けて、すごく刺激的な時間でした。こういう機会を作っていただき、ありがとうございました。
 ある日、夫と話していたら「会社の人と子どものことを話していたら、“小2の子どもが大変なんだ。体育の授業中に抜け出して家に帰り、自転車に乗って学校へ戻ってきたり、校長室のいすに授業中に座りに行ったりさ・・・”って言っててさ、養老先生の話を伝えたんだよ。すっごく感動していたよ。」と嬉しそうに教えてくれました。
  養老先生のお話で勇気づけられたり、励まされたりする親(人)はたくさんいるし、こういう場がもっともっと広がっていけばいいのにな、とすごく感じました。私自身、今就学についてすごく考えていて、養老先生の「わがまま」「我がままでいいんだ」という言葉にすごく救われました。今は何かあると「我がままだ!」と言い聞かせて、気持ちを楽に考えられるようになっています。おそらく、このフレーズにこれから先、助けられるだろうと思います。
 また、子育てだけでなく、これからどう生きるか、生き抜いていくか、を深く考えさせられました。講演会の所々で「虫への愛」が伝わってきて、養老先生のチャーミングな一面を知ることができたのも楽しかったです。息子は帰ってきてから「ひいじいちゃんに会ったよ」「虫が好きだって」と教えてくれて、子ども達にもステキな時間をありがとうございました。 【つばめ母】
 多岐にわたるお話でしたが、自然に触れて感性を回復することが子どもにとって(大人にとっても)よい、というお話が多かったと思いました。SDGsの風潮もあるし、都心の人や発展の先端にいる人の視点は自然に向かっているんですね。メディアからではなく、生の声として、養老先生から感じられて有意義でした。
 「日常の中にどれだけ自然を組み込めるか」とおっしゃっていましたが、意識して過ごすのはおもしろいです。  養老先生のお話を聴いて、当たり前を疑う姿勢、視点、も感じました。いろいろな角度から考えられる視点を私ももちたいです。
 それから、園長先生がジャガイモの話が印象に残ったとおっしゃっていましたが、私もそのお話にドキッとしました。子どもに私の都合や価値観を押し付けすぎず、自然(な子ども)の姿として認めて理解してあげよう、と思うことができました。
 園長先生のお考えである、自然の中でたっぷり遊ばせる、その延長で農作業を学ぶ機会を持つことの大切さを養老先生も説かれていて、改めて深く実感することができました。武蔵野幼稚園と養老先生のコラボが実現すると最高だなと思いました。貴重な機会をつくっていただい、ありがとうございました。 【ひよこ母】

学校法人 金子学園 柚木武蔵野幼稚園
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